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最終更新日2020/02/21

台湾就職体験談:中野 理絵さん



長年勤めた日本のラジオ局を辞め、30代で単身台湾へ。
様々な経験を積み、自分が本当にやりたかったことに気づく。

中野 理絵さん



【プロフィール】地方のラジオ局で10年以上勤務。アナウンサーやディレクターなど幅広い業務を担当したのち、単身で台湾へ語学留学。卒業後は台湾の現地企業を複数経験したのち、現在は台湾系の建設会社に勤務。


「日本を出て、海外で働く人ってどんな人だろう?」
筆者の私は結婚がきっかけで、上海で生活することになりました。このコーナーでは、そんな海外生活初心者の私が、自分の意思で海外でのキャリアを創る方に、海外で働くきっかけ、またその魅力をお伺いします。




アナウンサーを目指し努力する日々。
「目標」と「現実」の狭間で感じた葛藤。


   台湾に住み始めてもう丸5年になります。移住する前は海外志向は全くなく、日本のラジオ局などで働いていました。 日本での初めての就職は、地方の小さなコミュニティラジオ局でした。アナウンサーを目指して大学4年の秋に入社した私は、平日は仕事をし、週末は大学の卒業研究を行いながら、「夢を仕事に」という一心で、そんな生活をしていました。地域密着の小さなラジオ局ですので、アナウンサーとしてだけでなく、取材をしたり原稿を書いたり多様な仕事に携わり、トライ&エラーを繰り返す日々を送っていました。

   その後、地元福岡を代表するラジオ局のひとつ「LOVE FM」で番組制作をすることになります。ここで10数年勤務することになるのですが、こちらでも本当にたくさんの業務を経験しました。ディレクター、ADにも携わり、目の前の仕事に必死に取り組んだ結果、気付いた頃には裏方の仕事までできるようになったのです。フリーランスとして他のFM局でラジオショッピングのキャスターを務めたり、テレビ局でディレクターやスイッチャーの仕事に携わったりもしました。しかし日々の様々な業務に向き合いながら、本当にやりたいことであるアナウンサーの仕事から離れていっている現状に気付いたのです。


(写真)福岡でのラジオ局勤務時代。あらゆる立場の仕事を経験しました。


旅行で魅了された「台湾」。
   立ち止まって自分と向き合うため、台湾への留学を決断。

   「できることは何でもやる」そんな意気込みで働き、多くの仕事を任されるようになった一方で、今後のキャリアを考えると行き詰まった自分がいました。そんな時、「台湾に留学してみようかな」とふと思ったのです。もともと台湾旅行には毎年行くほど、その文化や人柄が大好きな国でした。そんな台湾への留学費用を支援してくれる奨学金制度があり、その試験にチャレンジしたところ、なんと合格。これが台湾留学への決定的な後押しになりました。

   そして悩んで考え抜いた結果、長年お世話になったラジオ局を退社し、台湾へ留学することを決めました。決断したのは30代後半でした。大学時代からこれまで仕事一本で走り続けてきたので、少し立ち止まって自分と向き合う時間をつくりたかったという気持ちがあったのです。
   そうして1年の留学期間が終わりに近づいた頃、まだ中国語を学びきれてないという想いが強くありました。しかし当初1年で日本に帰国して再就職する予定だったため、資金に余裕がありませんでした。そのため現地で働きながら、語学を勉強し続けようと決心します。


(写真)食べ物がおいしいことも台湾の大きな魅力。


未経験の仕事へのチャレンジ。
   発見の連続で、刺激的な毎日。


   現在は台湾系の建設会社で営業をしています。主にカンボジアの自社物件の日本人向け販売窓口を担当していて、日本人のお客様のアテンドや説明会のサポートなどをしています。台湾を拠点に日本に行ったり、カンボジアに行ったりする生活です。この仕事は全くの畑違いですが、未経験ながらも周囲のサポートもあり、どうにか仕事を進められています。未経験の地、未経験の仕事で日々学ぶことが多いですね。


(写真)社員旅行ではバリへ。現職ではアジアの様々な国を訪れる機会があります。

   台湾人と一緒に働いて感じるのは、余計なストレスなく、自分らしく働いている人が多いということです。例えば日本なら、出社時間の少し前にはオフィスに来て準備を始めるのが一般的ですが、台湾人は9時出社なら9時出社、定時になれば退社。上司の顔色を伺うことがなく、上司側も特に気にしません。また、仕事上の意見を思い切りぶつけ合っても、後腐れは一切ありません。彼らには余裕を感じますし、日本では見られなかった光景です。

   また、意思決定が早いことも特徴です。日本の場合は、調査や会議を通してしっかり考えて決定しますが、台湾の場合はそうではありません。スピード感を持って実行するケースが多いです。チャンスを逃さない姿勢は、熟考する日本人が見習うべき所もあると感じますね。しかし、目先の利益しか考えない所もあるので、実際はもうちょっと考えてからやろうよと感じる時もあります(笑)。日本人向けの書面なども、メリットは大きく書くが、デメリットはアピールしない所もあり、顧客対応する際は、大変な事も結構あります。上司に確認しても、指示自体が曖昧なんてこともしばしば…。日本と台湾のそれぞれの良さを発見できることが面白いですね。


(写真)台湾人とカンボジア人の同僚との一枚です。


台湾で就職したい方に伝えたい。
   日本とは異なる、就職のチャンスの掴み方。

   台湾で就職したのは、実はこの建設会社が初めてではなく、それまで数社経験しています。内容も職種も様々で、旅行会社、観光推進会社のコーディネーターなど。友人はスムーズに転職しているように見える私に「台湾は就職するのが簡単なの?」と言いますが、実際、就職は日本以上に大変です。このことは台湾での就職を目指す方には、是非お伝えしたいですね。台湾は移住希望者がますます増えていますし、台湾の人は中国語だけでなく、フランス語や英語などが話せるバイリンガルやトリリンガルも少なくありません。学力で劣る中で採用される為には、他の強みを主張しなければなりません。とは言え、特別なスキルが必ず必要ということではなく、日本人であることが強みになる仕事に就くのも一つの手です。

   また、意見をはっきりと伝える事も重要です。旅行会社では日本人窓口の業務が私のミッションでしたが、いざ働き始めると「日本」とつく名の仕事は全て私の担当になっていました。慌てて上司に問い合わせると「最初に何も聞かなかったじゃないか」と返された事がありました。その経験から、面接の時に給与や仕事の範囲、契約書やビザの条件など全て確認するようにしましたね。語学力が乏しくても、「契約書」や「ビザ」など、想定できる単語は事前に調べて、面接に望んでいました。日本にいた頃は、どれだけ「阿吽の呼吸」が通用していたかを感じた出来事でしたね。



台湾での経験が促した成長と、強くなった思い。
   異国の地で”やりたいこと”を実現する。

   台湾での経験を通して、主張する力がついたと実感しています。もともと思った事をはっきり伝えられる性格ではありませんでしたが、自己主張が当たり前の台湾人に囲まれているうちに、今では自分の意思を持ち、相手に伝えられるようになりました。そんな環境の中で、やはり私は昔からの夢である「話す仕事」がしたいという思いが強くなりました。台湾では複数仕事を経験しましたが、アテンドや説明会で話すなど、いずれも「伝えること」に楽しくやりがいをもって取り組めていたと気づいたことも大きかったです。視野が広がったからこそ、自分の使命がより明確になりました。

   そんな自分のやりたいことを周囲に話していた結果、ご縁があり、現在の仕事とは別に台湾のラジオ局の1コーナーを担当することになりました。日本に向けて台湾の情報を発信する番組で、目標としていた「話すお仕事」です。巡り巡って、目標にまた近づいていることにワクワクしています。この先、大好きな地元福岡へいつかは帰りたいと思っていますが、まだまだ学びとやりがいのある台湾で、やりたいことの実現に向けて頑張るつもりです。


(写真)何事にも全力投球で、台湾でもアナウンサーとしてのチャンスを掴んだ中野さん。




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