タイ就職体験談:藤原 杯花さん


【プロフィール】関西大学法科大学院修了。司法試験に合格後、司法修習を経て2016年設立のTNY Legal Co.,Ltd.に入社。日系企業を対象にした法律業務や、タイでの会社設立業務のサポートを行っている。


「関西から出たことがなかった私がいきなりタイに。
今後の生き方の展望が拓けたこと、
それが海外に飛び出して得た、一番の財産。」

藤原 杯花(はいけ)さん 32歳




「日本を出て、海外で働く人ってどんな人だろう?」
筆者の私は結婚がきっかけで、上海で生活することになりました。このコーナーでは、そんな海外生活初心者の私が、自分の意思で海外でのキャリアを創る方に、海外で働くきっかけ、またその魅力をお伺いします。



   在タイ日本人は約70,000人、在タイ日系企業は約5500社。タイに移住する日本人は年々増えており、バンコクは都市別でみると世界2位の日本人数と言われます。その中で弁護士資格を持つ日本人はどれほどいるかご存知でしょうか。タイで増え続ける日系企業数に対し、日本人弁護士はおよそ二十数名程度。足りていない状況だと藤原さんはおっしゃいます。

「日本の弁護士資格は、日本国における法律に関する資格であり、海外では当該国の法律に関する知識が必要です。そのため、海外にわざわざ働きに行く日本の弁護士はまだ少ないでしょう。タイの現地採用となると、待遇も日本とは異なりますし。」

努力して、ようやく勝ち取った日本の弁護士資格。
日本で活かせる資格を持ちながら、なぜ藤原さんはタイに飛び込んだのでしょうか。


***


普通の選択ではないからこそ、
 希少価値のある存在になれるかもしれない。


   日本の弁護士が海外で働くことって、大手法律事務所に勤務する場合以外、あまりないんですよ。東南アジアの中でタイはまだ日本人弁護士の数で言えば多い方で、二十数名ほどいると思います。この日本人弁護士の数が多いか少ないかわからないと思いますが、タイにある日系企業や日本人の数から考えると、十分であるとは言えません。タイに進出している日系企業を対象に、リーガルサービスを提供する日本人弁護士在籍の法律事務所は、大手事務所を除けば数社しかありません。

   どうして海外に行く人が少ないのかというと、一番の理由はそもそも日本の法律と違うからです。

   日本の資格では、日本の法律を日本国内で使うという前提のもとで勉強してきているので、そのまま日本で働くのが一般的です。大手事務所などであれば海外事務所に派遣される人や留学に行かれる方も多いですが、留学で言えば東南アジアでなく、法律の起源や歴史がある欧米が多いのではないでしょうか。少なくとも就職活動時には、私の周りで日本の弁護士資格を取得して外国に行く人はほぼおらず、東南アジアでの勤務は「普通の選択」ではなかったですね。一方で私は、日系法律事務所や日本人弁護士がまだ少ない市場なら、弁護士としての価値も出しやすいだろうと思っていました。


ダメだったら帰ってくればいい。
 行くのは今しかチャンスがないと思った。


   私は生まれも育ちも関西です。今はタイにいますが、実はそれまでは関西から出たことがありませんでした。弁護士を目指すようになり、大学院に行き司法試験を乗り越え、長い時間をかけてようやく弁護士として世に出ることになりました。もともと海外に関わりのある仕事をしたいと漠然と思っていましたが、私より先に社会人になって海外に出た友人たちが、イキイキと働いている姿も刺激になっていたのかもしれません。
   少子高齢化が進む昨今、日本の多くの法律事務所は、数少ない国内案件を取り合うような状況になっていくと弁護士の間でも予想されています。そんな中、私が就職活動をしていた当時、国内だけでなく海外に目を向けている数少ない法律事務所が大阪にも存在しました。そのひとつが現職の事務所です。タイにすでに事務所があり、そこで働ける人を探しているとの情報を耳にしました。行けるかどうかはわからないけれど話だけでも聞いてみたいと、すぐに事務所を訪問しました。それから幸いにも採用がきまり、タイに派遣され、現在に至ります。

   実は、出社日にはじめてタイの事務所に行きました。海外で働くことは決めていたので、下見に行って決断が揺らぐことはないと思っていたのです。タイは高校生のときの修学旅行で訪れたこともあり、発展途上なものの人が親切だったという良い印象を持っていたので漠然と大丈夫だろうと思っていました。しかし実際来てみると、大阪以上にたくさんの高層ビルが建っていて、ものすごく都会になっていて驚きました。そんなバンコクの発展を目の当たりにして、突然、次から次へと不安がわいてきました。海外どころか関西以外に出るのが初めてだし、社会人経験もないし、日本の資格しか持ってないし、タイ語もしゃべれないし、私一体何をするのだろう?と…。

   でも、「今しかチャンスはない」と自分を奮い立たせました。私の場合は司法試験に合格するのにずいぶん時間がかかってしまい、就職したときは30歳でした。結婚やその他のいろいろなことを考えると、今行かないと一生行けないかもしれないと思ったのです。一般的には、どんな職種でもどちらかといえば日本でまず数年経験を積んでから海外に出ていくという考え方をしますよね。でも数年間日本で働くと、その期間で築き上げた人間関係をふりきっていかなくちゃいけないので、もっと決断力がいると私は思います。今、タイに行って日本に戻ったとしても、失うものは少ない。でも今行かなくて後から行くのはとても難しい。そう思って腹を決めました。


左:日本よりも広く快適だというご自宅 右:バンコクの都会の真ん中にあるオフィス



就職後いきなり社内で中間的な立場に。
 タイ人に認めてもらえず辛い時期も。


   タイの事務所で勤務し始めて2年が経ちました。今はすごく楽しいです。タイ人は陽気で優しい人が多いなと思います。タイ人と一緒に仕事をしていてやりやすいなと思うところは、彼らの切り替えの早さです。私はタイ人の同僚とつい言い合いになることも多いのですが、一呼吸置いたら向こうがあっさり流してくれて、何事もなかったかのようにまた別の話をしてきます。自分は引きずってしまうタイプなので、その切り替えに助けられています。

   しかし、最初からうまくいっていたわけではありませんでした。ひとつは、タイと日本の法律の考え方の違いになかなか慣れなかったことです。タイの法律は日本ほど詳細でなく、解釈や判断が役所の事務官による場合が多いのです。このため、法律が曖昧な部分は事務官に何度も確認しなくちゃいけないし、タイ語でのリサーチが必須です。私がクライアントである日系企業様と直接やりとりをしていますが、実際にタイの法律に沿った、調査や手続きを進めるにはタイ人の同僚がいないと何もできません。だから業務では、タイ人弁護士や他のスタッフとの協力が必須なのですが、彼らの基準や考え方は日本と異なる場合もあり、今でも戸惑うことがあります。

   また、日本での実務経験もないのにタイではいきなりタイ人に仕事を依頼する、上司とタイ人の同僚との間を取り持つ立場を任されました。その立場も難しかったですね。最初は受け身で、同僚に対するスタンスも定まっていませんでした。だから最初はタイ人になめられていたと思います。何か言われても、言い返せるほどの語学力もなくて…。最初は一緒にやろう、教えてくれというスタンスだったのですが、そうすると注意すべきところを下からお願いしないといけない。半年くらい経ったときに、ふっきろうと決めました。経験がないと言っていても仕方ないし、彼らもやりにくいだろうと感じていたからです。自分がこの会社で何を求められているかということを改めて考え、自分のスタンスというのが明確になりました。結果として、私とうまく噛み合う前に退職してしまったスタッフもいますが、次第に私とスタッフがどのような関係なのか浸透して、うまく職場が回るようになりました。そうして入社1年後くらいからようやく楽しくなってきましたね。


10名という少人数だからこそ、仲が良く一体感がある組織だそう。



海外での一番の財産は「人との出会い」

   単純に海外で働く魅力を言うならば「日本では出会えないような様々なキャリアや経験をもった人と出会えること」だと思います。それは社会的な立場や有名企業の重役といった意味ではなく、世界各国での経験をしてきた人やその経験を活かし独自の視点を持つ人。少なくとも関西から外に出たことがなかった私の身の回りにはいなかった人です。

   そんな魅力ある人たちに囲まれながら、自分は今の経験をこれからどう活かすかということを自然と考えるようになりました。大きな影響を与えてくれる人たちと出会えたことだけでもタイに来た価値があったなあと思いますし、彼らとのかかわりで人生に対する視野が格段に開けたと思っています。



タイの法律にも強い、
 日本人のスペシャリストを目指して。


   「海外に出た日本の弁護士は、日本に戻りにくくなる」のは事実ではないかと思います。日本での経験があれば需要がありますが、私のようにいきなり海外勤務だと、日本に戻った場合でも新人扱いです。それでもタイのことを知り尽くしているという方であれば、重宝する会社もあるかもしれません。ですが現状、私はタイでは自分ひとりで全ての業務をこなせるわけではないので難しいです。

   でも私は今、きっと日本では得られなかった経験をしています。弁護士へのニーズがどんどん増えている市場で幅広い案件に携われること、日本とは異なる法律への考え方を知れること、日本人弁護士の価値を客観的に知ることができることなどです。そんな経験を積みながら、給与がもらえることはとても有意義なことだと思っています。お金のためだけなら海外の現地採用で働く必要はないと思います。でも、私はそれ以上の目的があったのでこの道を選びました。

   まだはっきりとはしていませんが、今後、一度は日本で実務経験を積んでみたいとは思っています。ただ、タイで働くことが今とても面白いので、タイの仕事も日本の仕事もどちらもやれる状況にするのが目標です。正直なところ、タイでの経験について、日本でそこまで重宝されるとは思っていません。でも、せっかくの経験を活かし、自分の強みとしたいです。タイの法律がわかる、数少ない日本人弁護士として、今後さらにどのように成長できるのかさらに模索したいですね。


とても話しやすく、つい頼ってしまいたくなるような藤原さん。



海外就職では得られるものも、失うものもあります。はじめて海外で働くとなると不安もあって、仕事内容、待遇、生活環境、上司、キャリアパス・・・とあらゆる条件を求めてしまいがちですが、自分が最も必要としているものを選び、覚悟をもって海を渡った人は強いなと思いました。海外で活躍している人がなんとなく輝いて見えるのも、そんな強い思いを持った、生き様の表れなのかもしれません。





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