中国・上海で働く日本人:田中 年一さん

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【プロフィール】匠新(ジャンシン) CEO/東京大学 工学部 航空宇宙工学科卒業。Hewlett Packard社でSEを経験後、デロイトグループ傘下の監査法人トーマツにおいて会計士として活躍。2016年に、日本のベンチャー企業が中国で起業して成功するためのサポートをする「匠新」を創業。中国のスタートアップとイノベーションを支援するアクセラレーター企業XNodeと連携し、資金調達やパートナー開拓など幅広いサービスを展開。


「宇宙飛行士→システムエンジニア→会計士、そして起業。
どんな経験も、いつしか自分の太い軸になる」

田中年一さん 41歳



「日本を出て、海外で働く人ってどんな人だろう?」
筆者の私は結婚がきっかけで、上海で生活することになりました。このコーナーでは、そんな海外生活初心者の私が、自分の意思で海外でのキャリアを創る方に、海外で働くきっかけ、またその魅力をお伺いします。



   「中国・上海で働く」連載2回目は田中年一さん。 東京大学卒、SE出身の公認会計士。世界のどこでもやっていけそうな田中さんは、なぜ中国にこだわり、留まり続けるのか。「自分の活かせるものが一番ある場所だから」、そう話す田中さんの想いを聞かせていただきました。

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宇宙飛行士の夢から路線変更、ビジネスの世界を目指す

   大学では宇宙工学を専攻し、宇宙飛行士を目指していました。しかし就職に際し色々と考えた結果、大手IT企業に就職することに。宇宙にはお金があればいける時代がいつか来る、そう思えたこともあり、大学の研究でも慣れ親しんだコンピューターを使う仕事、SEとして新しい一歩を踏み出すことにしたのです。もちろん、一生SEとして頑張りたいと思って入社したわけではありません。その頃はまだ将来の展望が明確ではなかったので、まずはビジネス経験を多く積むことを優先し、働きながら考えてみようと思っていました。
   就職後には、自分の幅を広げるために英語と中国語それぞれの語学学校に通うのと並行して、米国公認会計士の勉強も始めました。語学やビジネススキルを習得して自分を高めることは必ず将来の糧となると考え、漠然とではありますが将来何かをするために、働きながら猛烈に勉強していました。そんな生活を送る中、頻繁にアメリカに出張する機会に恵まれ、いつしか海外で活躍したいと考えるようになったのです。


華僑の源流となる中国で、商才を磨く

   もともと海外志向があったわけではありませんでした。なので現在、海外で働いていることも不思議な縁を感じますね。海外の中でも中国で働きたいと思った理由は、まず中国語が多少できること。大学の第二外国語の授業で中国語を専攻していて、最初は単位が取りやすそうという理由で選んだ外国語でしたが、勉強を進める中でもっと使える中国語を習得したいという意欲が膨らみました。その頃から既に中国は今後世界で大きな影響力をもつだろうと言われていて、将来的に自分の武器になるのではとも思い、就職後も継続して勉強をしていました。また、世界を相手にビジネスをしている中国人そのものに興味を持っていたことも理由のひとつです。華僑は世界中で活躍していて、中国人はビジネス上手でタフな相手というイメージがありました。そういった中国人や華僑に対して尊敬の念も抱いていました。彼らと対等にやれるようになれば自分もどこでもやっていけるような人材になる、そう思ったのです。

Tailand
上海の中心にある、近代的でおしゃれなオフィス。


4年目に上海勤務がスタート。日本とのギャップに驚きの毎日

   その後、ちょうど中国で人材募集をしていた大手会計事務所に入社。米国公認会計士の資格は取得していたものの実務経験がなかったので、まずは日本で経験を積むことに。入社3年目に香港や中国、アメリカでも上場していない香港の企業を日本の証券取引所に上場させるという史上初のプロジェクトの現場主任を任されたこともあり、大きな経験を積ませてもらいました。そのプロジェクトが成功した翌年には機も熟して上海への赴任が決定。渡航前の北京での半年間の語学研修を経て上海勤務がスタートしました。

   Big4といわれる会計事務所は、ここ中国でも激務として知られますが、給与が良いということで優秀な中国人が集まります。そのためスムーズに仕事が進むかと思いきや…驚いたのは多くの新入社員が会計知識ゼロで入社してくるということです。日本だと会計士資格を取ってから会計事務所に入るのですが、中国では働きながら会計士の資格を取るのです。現場はリーダーの私が日本人で、あとは中国人スタッフ。彼らに会計の前提知識がない中でさらにそれを中国語や英語で伝えなくてはならず、なかなか話を理解してもらえないという大変な状況でした。一方で、みんな本当によく勉強をし、知識の吸収には貪欲です。極端なことをいうと仕事そっちのけで勉強している人もいます。中国はその会社に一生いるわけではないので、自分の市場価値向上のために勉強する方が重要だという考えですね。

Tailand
会計事務所時代、中国人の同僚やパートナーと開催したクリスマスパーティー。


自分は価値を生むと信じていた事業、周囲からは疑問の声も

   会計事務所を辞めたあと中国人パートナーの周が創立したXNodeとの共同出資で「匠新(ジャンシン)」を立ち上げました。「匠」は日本を代表する単語、また「新」は中国語でイノベーションの「創新」を指し、日中のイノベーション連携を我々が推進していくという意味を込めました。匠新は主に中国進出をする日系企業向けに、投資家や企業同士の接点を創る場を提供しています。また物理的な場としても、ベンチャー企業と大企業イノベーターが同時に入居するコワーキングスペースをXNodeとの連携で提供しています。中国には日系企業の中国進出を支援する伝統的なコンサルティング企業はたくさんありますが、「イノベーション」「スタートアップ」といった新しい領域で日中の連携を推進するところはなく、一方でニーズは今後どんどん高まっていくだろうと感じていました。コワーキングスペースというと単にオフィススペースを提供するというところもありますが、我々は単なるスペースではなくて“コミュニティ”という位置づけです。単純に物理的な空間として利用してもらうことが目的ではなく、そのコミュニティの中で多くの人や企業が交流し、どんな人や会社が入居してより飛躍できるか、という箇所を重要視しています。

   そういう想いを持って始めた事業でしたが、事業のスタート当初は逆風の環境でした。当時、反日デモなどの報道により日本人は中国人に対してネガティブなイメージが強く、日中での共同の取り組みなどもってのほかという風潮でした。一方で世界の国々は急成長していた中国のデジタルテクノロジーを積極的に取り込み、交流を活発化させていった時期でした。日本はその流れに取り残されてしまったのです。今でこそ「田中さん、先見の明があったね」と言われることもありますが、数年前までは、「なんで中国なの?どうしてそんなことをやっているの?」ともよく言われました。ただいつかは風向きが変わることを信じる気持ちはブレませんでしたね。

   現在、中国の投資家から出資してもらうことに成功した日本のスタートアップ企業が少しずつ増え始めています。一方、中国のスタートアップ企業は日本の大企業からの出資を求めることはあまりなく、世界中にある販路などの日系企業の持つビジネス資源に、一緒に組むことの価値を見ています。日本の大企業は一般的に意思決定が遅いため、まずは協業をしてから検討するというケースが多いですね。そんな2社間の調整役を「匠新」が担います。日本と中国、それぞれのビジネスや市場に精通した私たちだからこそ価値を出せる仕事だと思っています。

Tailand
今年からJETRO(日本貿易振興機構)と連携した日中プロジェクトも始まっている。


自分の武器を最大限活かせる場所が上海だった

   「自分の価値が一番発揮できる場所」、それが私がいま上海にいる大きな理由のひとつです。中国でビジネス経験や知識、ネットワークを持っている日本人というのはなかなかいないですし、周りと差別化した存在でいられるフィールドということを日々実感しています。人との繋がりというのはその中でも一番大きくて、パートナーである周が上海にいたことは大きいですね。やっぱり信頼関係が築けている中国人パートナーが何よりも大事だと思うので。上海では日本では出会えないような人に出会えるチャンスも多いですしね。あとは、単純に私が中国にいる方が気楽で好きだということもあります。

   これから海外を目指す方に一言お伝えすると、誰でも中国に来ればいい、というものではないというのが正直なところですね。海外の新しい環境に飛び込む前に、まずは自分が何を得たいのかしっかり考えた上で、求める経験が積めるのなら中国もいいと思います。チャイナドリームを夢見て何の後ろ盾もなしに飛び込むのは危険ですが、まずは現地の企業で働いて、日本では出会えないような多様な関係の人とつながったり、経験を積んだりすることが、いつしか頑丈なその人らしい「軸」となっていくのではないでしょうか。


お話を聞きながら、正直キャリアに一貫性がないのではと感じていましたが、田中さんは「connecting the dots」という言葉を教えてくれました。スティーブ・ジョブズの言葉で、過去やってきたことが今につながっているという意味です。田中さんは一見バラバラに見える経験が、すべて今の事業につながっていると感じているのだそう。今後は何らかの形で宇宙にも関われるチャンスもあると、嬉しそうに話されていたのが印象的でした。それぞれの環境で試行錯誤しながらも、そこで全力で経験を積み、今に繋げているという田中さんの生き方は、今ゴールを決めきらなくてもいいんだ、と安心させてくれたのでした。





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