“最悪”の印象だったインドの地。
コロナ禍のどん底を切り抜けて、
インド起業へ一歩踏み出す
人材紹介会社・ジャパンデスクマネージャー
中村 ゆりさん
1989年生まれ、山口県出身。大学卒業後、新卒で携帯コンテンツ事業会社に入社。美容専門ECサイトのバイヤーをはじめ、マーケティングや営業など幅広い業務を担当した。約6年間の勤務後、主婦に特化した人材派遣会社で広報・ブランディング担当として従事。2018年に夫の起業を機にインドへ移住。日本で培った人材業界での経験を活かし、インドに特化した独立系人材紹介会社にてジャパンデスクマネージャーとして従事した。2022年現在、起業準備中。
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「インドで働く」というとどんなイメージが湧くだろうか? 得られる情報も限られているため、なかなかインドの「リアル」を知ることはできない。それもあってか、他のアジア諸国のなかでも、特に移住のハードルが高いように感じてしまう。そんなインドに2018年に移住し、深刻なコロナ禍を現地で乗り越えた女性がいる。中村さんがインドに渡ったわけと、ビジネスパーソンとして感じるインドの魅力について伺った。
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■“最悪”の印象だったインド旅行。
インドに住むなんて予想もしなかった
私は日本が大好きで、もともと海外に関心がないタイプでした。ときどき海外旅行に行くくらいで、海外経験も英語力もほとんどゼロ。そんな私が海外(なかでもインド)で暮らすことになるなんて、1ミリも思っていませんでした。
はじめてインドに行ったのは、2014年の年末。当時付き合っていた彼(現在の夫)に、旅行に誘われたのがきっかけでした。正直、その時のインドの印象は、私にとっては“最悪”でしたね(笑)。
北インドのデリーとジャイプールに行ったのですが、冬の北インドって意外と寒いんです。マフラーやコートも必要なくらい。おまけに大気汚染もひどい。物乞いの方に出会ったのもショッキングでした。更に追い打ちをかけたのが、疲れてホテルに戻りシャワーを浴びたら、茶色い水が出てきたこと。旅行初日から「日本に帰りたい!」って彼に言ってしまいました。
一方、彼はというと「インドっていいところだね」ってとても楽しそうに過ごしていました。実は、その時私は知りませんでしたが、すでに彼の中ではインド起業を考えていたようなんです。いわばその旅行は、起業に向けての「視察」。夫とは学生時代からの付き合いで、いつか起業するとは聞いていましたが、まさかインドでとは……(笑)。
その時の旅行によって、彼は決心したようです。その後、彼は何度もインドへ足を運び、2017年に単身インドへ渡っていきました。
はじめてのインド旅行での一枚。美しいタージマハルを背景に
■やった分だけ結果がついてくる。
がむしゃらに働いた東京OL時代
私は大学卒業後、就職を機に上京。新卒でコンテンツ事業会社に入社しました。そこでは美容ECサイトのバイヤーをはじめ、マーケティングや営業企画など多岐にわたる業務を経験しています。手を挙げればどんどん挑戦できる環境で「仕事はやった分だけ成長できる!楽しい!」と、がむしゃらに働いたのを覚えています。
ですが、27歳を迎えた頃「結婚・出産した女性でも仕事を続けられるようになってほしい」「だれもが自分らしく働ける社会を作りたい!」という気持ちが強くなっていきました。そこで、転職を決意したんです。
私の《叶えたい未来》をサポートしてくれたのが、2社目となる主婦に特化した人材紹介会社でした。そこでは広報担当者として、会社の存在意義や企業理念などを社会やメディアに発信する役割を担当しました。仕事が大好きな私にとっては、女性のキャリアを応援できるのはとてもやりがいのあることでしたね。インド行きを決意しなければ、ずっと働き続けたいと思える環境だったと思います。
こちらもはじめてのインド旅行にて。笑顔で撮影しつつも内心は疲労感が大きな旅行だった
■インドで働く彼を見て、再び行ってみることに
“最悪”だった印象から、180度考え方が変わった
彼が単身インドに渡ったのは、私が転職したのとほぼ同時期のことです。インドと日本との遠距離は寂しく感じることもありましたが、私自身も仕事がとにかく楽しくて、日々、仕事に没頭していたんです。
ただ、インドで奮闘する彼と電話越しに話すたびに、とにかく楽しそうでイキイキしてて――。そんな彼の姿を見ているうちに「こんなにも彼を魅了するインドってどんな国なんだろう?」と興味を持つようになったんです。
今度は旅行者目線ではなく、ビジネス視点でインドを見てみようと、もう一度インドを訪れてみることに。1週間の休暇を利用して、インドで起業した日本人をはじめ、さまざまな方にお話を聞いてみることにしました。現地に住む日本人から話を聞くと、いかに自分自身がインドを誤解していたかに気がついたんです。インドはビジネスチャンスで溢れていて、魅力的な場所だと感じたんですよね。
そこで、本格的にインドでの転職活動を開始したところ、ご縁があり現地の独立系人材会社に入社することになりました。日本でも人材業界の仕事にはやりがいや社会的意義を感じていたので、インドに行っても同じ業界に携われることがとても嬉しかったですね。
インドで起業した夫とその従業員とともに
■インドはスピード重視の「60点主義」
考え方や価値観の調整を行うことが大切
2018年1月についにインドへ渡航することに。彼がインドで起業していることもあり「そう簡単に日本には帰らない」と覚悟を決めていたため、まさに背水の陣という気持ちでしたね。
とはいっても、最初の1年は本当に苦労しました。そもそも英語が苦手だったので出勤前や休憩時間などを利用して必死に勉強をしながら、なんとか業務をこなしていく毎日。あっという間に1年がすぎていきました。
苦労したのは、語学だけではありません。当時、私はジャパンデスクマネージャーとしてチーム管理を行なっていましたが、なかでもインド人達をマネジメントするのはとくに大変でした。日本とインドの価値観のすり合わせが必要だったんです。
当然ですが、日本人とインド人では価値観がかなり異なります。例えば、私たち日本人は成果物のクオリティを重視する「100点主義」。それに対し、インド人はスピード重視の「60点主義」という姿勢です。ですが、クライアント様には日系企業も多かったため、インド式では通用しないこともよくありました。私はインド人スタッフたちの姿勢を理解しつつ「橋渡し役」としてインド人スタッフとクライアントの間に入り、現場のスタッフ達が納得してくれるまで何度も説明を行うことを意識していました。
インド人の力強い実行力と日本人の中長期的な計画性を組み合わせれば、最大限の結果が出せるはずです。そう信じて仕事を進めるよう心掛けていました。
インド人の同僚たちと。女性スタッフも多く所属していた
■女性の社会進出が著しいインド。
ワークライフバランスも大切できる
「インドで働いている」というと「インド=治安が不安定」という印象が強いのか「日本人女性がインドで働いても大丈夫? 危なくないの?」と心配の声をいただく事も多いです。
意外に思われるかもしれませんが、私はインドで働き生活する中で危険だと感じたことがありません。また、女性だからと不利に感じたこともほとんどないのです。もちろん、都心部で働いていることや働く環境が柔軟であることも影響していると思います。
実はインドはアジアの中でも女性の管理職比率が高いんです。特に都心部では顕著ですね。バリバリ働く女性も多くいますし、マネジメント層が女性であるケースも多い。だから、先の質問をされたら「インドは働きやすところなんですよ」と答えるようにしています。事実、日本以上に働きやすい側面も多くあるんです。
例えば、会社にもよりますが、インド人のほとんどは家族と過ごす時間へのプライオリティが高く、残業をあまりしない傾向にあります。一緒に働いていたインド人スタッフも、定時と共に退社するのは当たり前でした。彼らの影響もあり、私も家庭の時間を大切にするために残業はほとんどしなくなりました。
日本で働いてた頃は仕事一筋でオンオフない生活をしていたので、当時の自分から考えると想像できない働き方だと思います。仕事もきちんとしつつ、プライベートと家族を大切にする――。そのバランスってとても大切なことなんだと、インドに来て実感しています。
会社での誕生日パーティー。元気で明るい同僚たちと過ごすのはとても楽しい時間でもある
■コロナ禍のどん底から抜け始めた今、
これからのインドマーケットに期待
インドでの仕事にも慣れて、さらに頑張ろうと意気込んでいた頃です。突如コロナ禍が始まりました。日本でも報道されていたように、インドのコロナ感染状況は非常に深刻でした。いちばんひどかった時期は、厳しいロックダウンが敷かれて外出禁止に。人との交流が一切できず、身近な方にも感染者が出る状況……。私も「明日は我が身かもしれない」と緊張感を持ちながら、日々過ごしていました。そんな厳しい状況ではありましたが、夫が起業していることもあり、日本に帰国するという選択肢はありませんでしたね。
結果論にはなりますが、その選択でよかったと感じています。一番厳しい状況から回復していく様子を肌で感じることができ、改めてインドのポテンシャルの高さを再認識しました。現在ではコロナ以前のような活気が戻りつつあります。
私自身も一人のビジネスパーソンとして、やはりインドのマーケットには大きな魅力を感じています。人口も非常に多いうえに、時代と価値観の変化とともに、市場も著しく変わってきています。例えば、身近なところでいうと冷凍食品や調理済み食品の浸透もそうですね。数年前までは「冷凍食品=健康的ではない」というイメージや「食事はイチから作るもの」という美徳が強くのこっていました。ただ、女性の社会進出や利便性を求める消費者の増加などにより、ここ数年で一気に浸透しています。今では都心部のスーパーには冷凍食品がずらりと並んでいますし、商品数も豊富にあります。
インドでは一度「いいな」と感じたら一気に普及する。そのスピーディな市場の変化が素晴らしいと感じます。こうしたマーケットの勢いに惹かれて、多くのインド人がこの地で起業していて、私自身もそのひとりになりたいと思っています。じつは前々から起業したいと考えていたんです。これからのインドマーケットには大きく期待ですね。
20年2月からYoutuber活動を開始。日系企業の進出やコロナ禍の最新情報など、インドの“今”を現地から発信し続けている
■仕事は「自己表現」のひとつ
自分らしく働くためにインド起業の道へ
私にとって仕事は「自己表現」のひとつです。私にはまだ子どもはいないですが「子どもがいても自分らしく働き、仕事を通じて自己表現をし続ける」というのが私の目標です。今後もインドで自分らしく生きていくためにも、今後は自分でビジネスを立ち上げるのがよりよい選択だと考えています。
仕事を通してさまざまな人と出会い、新しい自分を知ることができる。日本にいたときはがむしゃらに働いていましたが、インドに来てからはそれだけじゃいけないと考えるようにもなりました。どんなライフステージに立っても、自分らしく働くこと。それが、これからの目標です。
「前職のような素敵なチームを、今度は自分の力で作っていきたいです」と話す
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